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親がつけた名前のせいで兄が早死、同じ道を辿りたくない私は遠方の高校に進学→家から隔離され幸せを手に入れたが、家に残った妹からの『助けて』と書かれた手紙を無視したせいで……

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私の名前は昔の暴走族の「夜露死苦」レベル。漢字三文字で57画。
字がおかしいだけでなく読み方も特殊なのでだれもまともに読めない。

おかげで子供のころから何かの受付でフルネームを書くのが死ぬほど嫌いだった。

何より、こんな名前を付けた親が嫌い。私は三人兄弟の真ん中だが、全員キラキラネーム。
私たちは三人とも幼いころからキラキラネームに振り回された。

名乗った瞬間に噴き出される。
軽蔑のまなざしで見られる。
字を見てヒソヒソされる。
そんなことは日常茶飯事だった。

兄は非行に走った挙句、盗んだバイクで事故って他界した。享年15歳。

自分たちがつけた名前のせいで三人の子供の人生が滅茶苦茶になっていると両親は周囲からどれだけ言われても認めようとせず、改名にも応じなかった。本人たちは時代に見合ったステキな名前をつけたつもり。

母親は元から過ぎるほど干渉してくる人だった。兄が他界してから磨きがかかり、授業中に携帯を鳴らしてくる始末。ちゃんと学校に通っているか、授業に出ているか、確認したいのだろうが私だけでなく一時間ごとに私と担任に連絡をいれ、返事がないと学校に怒鳴り込んできた。
そんな妻を諌めもせず、父親は「兄を亡くしたばかりで心配なんだよ」と見当違いのことを言う馬鹿だった。この人は基本的に世間体を気にする人だが、妻のいきおいに勝てず言いなりになっていた。

母親から逃げたかった私は、猛勉強して大学付属の全寮制の遠方の高校に進学を希望した。
母親は猛反対したが、両親が唯一頭の上がらない本家のジジババの援護射撃を受けどうにか希望した学校に進学することができた。名門と呼んで差し支えのない学校だったのでブランド嗜好の強いジジババの自尊心をおおいに満足させたんだと思う。
(このジジババは本家至上主義で、本家の○男(跡取り息子)の嫁にしてやるからありがたく思えが口癖だったので嫌いだった)

三年間、私は一度も実家に戻らなかった。
高校でできた親友に自分の名前が死ぬほど嫌いで、こんな名前をつけた親を憎んでいると打ち明けたとき「麻子」ってつけてくれた。最近アニメで放送されるようになった漫画うしおと○らに出てくる少女の名前だが、私は嬉しかった。

麻子ならだれも笑わないし、おかしな眼で見られることもない。次第にクラスメイトにもそれが広がって、だれも私の本名を呼ばなくなった。大人になって親に縛られなくてよくなったら麻子に改名しようと思った。
相変わらず母親は携帯を鳴らしていたらしいが、学校の所在地が山の奥の奥の奥にあったので、万年圏外。

当時は今ほど携帯の電波がよくなかったのも私にとってはラッキーだった。

校則、お作法、部活と何かと厳しい学校だったが、あの両親の姿が見えないだけで何も苦にならなかった。そのころの私はようやく手に入れた自由に夢中で、家に残っていた妹のことなんか一度も思い出さなかった。

兄が他界し私は遠方に進学。今考えれば当たり前だが、母親の過干渉は妹に集中していた。

妹は名前のせいでイジメに遭い不登校になっていたらしい。呪いみたいな束縛を強いる母親と不登校を恥じだと言う父親がいる家と、居場所を作れない学校は辛かったと思う。

一度だけ妹は私にSOSの手紙を寄こした。

マジックで一言「助けて」って書いてあったのに、あの家に関わりたくなくて私は無視してしまい

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親がつけた名前のせいで兄が早死、同じ道を辿りたくない私は遠方の高校に進学→家から隔離され幸せを手に入れたが、家に残った妹からの『助けて』と書かれた手紙を無視したせいで……

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私の名前は昔の暴走族の「夜露死苦」レベル。漢字三文字で57画。
字がおかしいだけでなく読み方も特殊なのでだれもまともに読めない。

おかげで子供のころから何かの受付でフルネームを書くのが死ぬほど嫌いだった。

何より、こんな名前を付けた親が嫌い。私は三人兄弟の真ん中だが、全員キラキラネーム。
私たちは三人とも幼いころからキラキラネームに振り回された。

名乗った瞬間に噴き出される。
軽蔑のまなざしで見られる。
字を見てヒソヒソされる。
そんなことは日常茶飯事だった。

兄は非行に走った挙句、盗んだバイクで事故って他界した。享年15歳。

自分たちがつけた名前のせいで三人の子供の人生が滅茶苦茶になっていると両親は周囲からどれだけ言われても認めようとせず、改名にも応じなかった。本人たちは時代に見合ったステキな名前をつけたつもり。

母親は元から過ぎるほど干渉してくる人だった。兄が他界してから磨きがかかり、授業中に携帯を鳴らしてくる始末。ちゃんと学校に通っているか、授業に出ているか、確認したいのだろうが私だけでなく一時間ごとに私と担任に連絡をいれ、返事がないと学校に怒鳴り込んできた。
そんな妻を諌めもせず、父親は「兄を亡くしたばかりで心配なんだよ」と見当違いのことを言う馬鹿だった。この人は基本的に世間体を気にする人だが、妻のいきおいに勝てず言いなりになっていた。

母親から逃げたかった私は、猛勉強して大学付属の全寮制の遠方の高校に進学を希望した。
母親は猛反対したが、両親が唯一頭の上がらない本家のジジババの援護射撃を受けどうにか希望した学校に進学することができた。名門と呼んで差し支えのない学校だったのでブランド嗜好の強いジジババの自尊心をおおいに満足させたんだと思う。
(このジジババは本家至上主義で、本家の○男(跡取り息子)の嫁にしてやるからありがたく思えが口癖だったので嫌いだった)

三年間、私は一度も実家に戻らなかった。
高校でできた親友に自分の名前が死ぬほど嫌いで、こんな名前をつけた親を憎んでいると打ち明けたとき「麻子」ってつけてくれた。最近アニメで放送されるようになった漫画うしおと○らに出てくる少女の名前だが、私は嬉しかった。

麻子ならだれも笑わないし、おかしな眼で見られることもない。次第にクラスメイトにもそれが広がって、だれも私の本名を呼ばなくなった。大人になって親に縛られなくてよくなったら麻子に改名しようと思った。
相変わらず母親は携帯を鳴らしていたらしいが、学校の所在地が山の奥の奥の奥にあったので、万年圏外。

当時は今ほど携帯の電波がよくなかったのも私にとってはラッキーだった。

校則、お作法、部活と何かと厳しい学校だったが、あの両親の姿が見えないだけで何も苦にならなかった。そのころの私はようやく手に入れた自由に夢中で、家に残っていた妹のことなんか一度も思い出さなかった。

兄が他界し私は遠方に進学。今考えれば当たり前だが、母親の過干渉は妹に集中していた。

妹は名前のせいでイジメに遭い不登校になっていたらしい。呪いみたいな束縛を強いる母親と不登校を恥じだと言う父親がいる家と、居場所を作れない学校は辛かったと思う。

一度だけ妹は私にSOSの手紙を寄こした。

マジックで一言「助けて」って書いてあったのに、あの家に関わりたくなくて私は無視してしまい

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