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最高のかーちゃん

俺の母親は俺が2歳時に死んだ。
だからあまり母親の顔を覚えていない。

俺が小学生3年生になった時、父が再婚した。新しく来てくれた母(かーちゃん)は俺にメチャクチャ優しくしてくれた。だから血は繋がっていなくても俺はかーちゃんが大好きだった。

俺が中学1年生の3学期の時、父が交通事故で死んだ。当時の俺は父が大手の会社に務めていたので裕福な暮らしをしていた。塾に通っていたりしていて成績も学年上位だった。だから父が死んだことによって今ままでの裕福な暮らしがいっきにドン底になった。マンションで暮らしていたんだけど家賃が払えなくなってかーちゃんと一緒にボロのアパートに住むことになった。

そっからかーちゃんは毎日昼から夜までずっと働いていた。家に帰ってたらクタクタなのに

「勇介(俺の名前)お腹空いたろ?今からご飯作ってあげるからね!」

といつも上手い飯を作ってくれた。自分のことはいつも後回し。かーちゃんは父が死んでも俺に優しくしてくれた。

ある日俺はクラスのやつに

「お前の家汚いし、ほんま貧乏よなー」

って馬鹿にされた。「貧乏」って言われたことがメチャクチャ腹が立って本当ならそいつに怒りをぶつけばよかったのに俺はかーちゃんに怒りをぶつけてしまった。

「お前が全然働かないせいで俺は貧乏って言われたじゃ!」

かーちゃんはめっちゃ悲しそうだった。言い過ぎたかな?と思うとかーちゃんは

「ごめんね。かーちゃんもっと頑張るから」

って言ってきた。

一週間後、かーちゃんは朝から夜まで働くようになった。

俺は勉強の成績が下がって勉強をするのが嫌になってしまって、俺は不良になってしまった。

万引きや喧嘩は当たり前。万引きで何回も警察や学校の先生にかーちゃんと一緒に呼び出された。その度にかーちゃんは「すいません。」と頭を下げていた。んで、そいつらの説教が終わって家に帰ったらいつも

「ごめんね。かーちゃんのお給料が少ないから...。かーちゃんもっと頑張るから!」

知ってたよかーちゃん。かーちゃんが俺のために必死で働いてくれてたことを。けど俺は素直になれなかった。

かーちゃんは頑張り過ぎてか、俺が中学3年生になりたてのころに倒れた。過労だった。俺はその時今まで自分がしてきたことを後悔した。

「中学卒業したら働くから!」

って言ったら顔をビンタされた。初めてかーちゃんに叩かれたからめちゃ焦った。

「働かなくていい!だから勉強をしなさい!お金のことは...かーちゃん もっと頑張るから」

俺は泣いた。もうめっちゃ泣いた。そして心底から感謝した。

俺はそっから猛勉強して偏差値の高い公立高校に合格することができた。かーちゃんも泣いて喜んでくれた。高校生になった俺はバイトを始めた。それで初給料でエプロン買ってあげたら、かーちゃん泣き出したw

「ありがとう。かーちゃんもっと頑張るからね!」

(いやいやwもうそんなに頑張らなくてもいいから)

かーちゃんは大学にも行かしてくれた。そして無事大学も卒業することができて就職もできた。ここから親孝行して行こうと思った矢先、かーちゃんが病気で倒れた。癌だった。しかも末期で余命3ヶ月を宣告された。医者曰く

「ずっと苦しかったはずだ。どうしてもっと早く来なかったんだ。」と。

かーちゃんは俺のために歩くことも辛いはずなのにずっと頑張ってくれてたんだ。医者の話を聞いた時、いい歳なのに先生と看護婦の前で大泣きしちゃったよ。

俺は仕事が終わった後毎日見舞いに行った。抗がん剤で日に日に弱っていくかーちゃんを見るのがメチャクチャ辛かった。

2ヶ月経ったと時、医者から連絡があった。

「お母様の容体が急変しました」

俺は仕事を抜け出して急いで病院に行った。かーちゃんは辛うじて生きている状態だった。そして俺が病院に来て5分後くらいにかーちゃんは死んだ。俺は泣いた。もう自分が立っているのかわからないほど泣いた。少し落ち着いて医者と話した時、医者から「君を待っていたんだろう」と言われて、また泣いてしまった。

 

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最高のかーちゃん

俺の母親は俺が2歳時に死んだ。
だからあまり母親の顔を覚えていない。

俺が小学生3年生になった時、父が再婚した。新しく来てくれた母(かーちゃん)は俺にメチャクチャ優しくしてくれた。だから血は繋がっていなくても俺はかーちゃんが大好きだった。

俺が中学1年生の3学期の時、父が交通事故で死んだ。当時の俺は父が大手の会社に務めていたので裕福な暮らしをしていた。塾に通っていたりしていて成績も学年上位だった。だから父が死んだことによって今ままでの裕福な暮らしがいっきにドン底になった。マンションで暮らしていたんだけど家賃が払えなくなってかーちゃんと一緒にボロのアパートに住むことになった。

そっからかーちゃんは毎日昼から夜までずっと働いていた。家に帰ってたらクタクタなのに

「勇介(俺の名前)お腹空いたろ?今からご飯作ってあげるからね!」

といつも上手い飯を作ってくれた。自分のことはいつも後回し。かーちゃんは父が死んでも俺に優しくしてくれた。

ある日俺はクラスのやつに

「お前の家汚いし、ほんま貧乏よなー」

って馬鹿にされた。「貧乏」って言われたことがメチャクチャ腹が立って本当ならそいつに怒りをぶつけばよかったのに俺はかーちゃんに怒りをぶつけてしまった。

「お前が全然働かないせいで俺は貧乏って言われたじゃ!」

かーちゃんはめっちゃ悲しそうだった。言い過ぎたかな?と思うとかーちゃんは

「ごめんね。かーちゃんもっと頑張るから」

って言ってきた。

一週間後、かーちゃんは朝から夜まで働くようになった。

俺は勉強の成績が下がって勉強をするのが嫌になってしまって、俺は不良になってしまった。

万引きや喧嘩は当たり前。万引きで何回も警察や学校の先生にかーちゃんと一緒に呼び出された。その度にかーちゃんは「すいません。」と頭を下げていた。んで、そいつらの説教が終わって家に帰ったらいつも

「ごめんね。かーちゃんのお給料が少ないから...。かーちゃんもっと頑張るから!」

知ってたよかーちゃん。かーちゃんが俺のために必死で働いてくれてたことを。けど俺は素直になれなかった。

かーちゃんは頑張り過ぎてか、俺が中学3年生になりたてのころに倒れた。過労だった。俺はその時今まで自分がしてきたことを後悔した。

「中学卒業したら働くから!」

って言ったら顔をビンタされた。初めてかーちゃんに叩かれたからめちゃ焦った。

「働かなくていい!だから勉強をしなさい!お金のことは...かーちゃん もっと頑張るから」

俺は泣いた。もうめっちゃ泣いた。そして心底から感謝した。

俺はそっから猛勉強して偏差値の高い公立高校に合格することができた。かーちゃんも泣いて喜んでくれた。高校生になった俺はバイトを始めた。それで初給料でエプロン買ってあげたら、かーちゃん泣き出したw

「ありがとう。かーちゃんもっと頑張るからね!」

(いやいやwもうそんなに頑張らなくてもいいから)

かーちゃんは大学にも行かしてくれた。そして無事大学も卒業することができて就職もできた。ここから親孝行して行こうと思った矢先、かーちゃんが病気で倒れた。癌だった。しかも末期で余命3ヶ月を宣告された。医者曰く

「ずっと苦しかったはずだ。どうしてもっと早く来なかったんだ。」と。

かーちゃんは俺のために歩くことも辛いはずなのにずっと頑張ってくれてたんだ。医者の話を聞いた時、いい歳なのに先生と看護婦の前で大泣きしちゃったよ。

俺は仕事が終わった後毎日見舞いに行った。抗がん剤で日に日に弱っていくかーちゃんを見るのがメチャクチャ辛かった。

2ヶ月経ったと時、医者から連絡があった。

「お母様の容体が急変しました」

俺は仕事を抜け出して急いで病院に行った。かーちゃんは辛うじて生きている状態だった。そして俺が病院に来て5分後くらいにかーちゃんは死んだ。俺は泣いた。もう自分が立っているのかわからないほど泣いた。少し落ち着いて医者と話した時、医者から「君を待っていたんだろう」と言われて、また泣いてしまった。

 

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