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【泣ける】施設にいた姪「おじさんは私のこと嫌いになったの?一人ぼっちになっちゃう!」俺「一緒に住むか?」→結果。

アイキャッチ1313

 

先週だけどね
姪っ子が結婚した
誰も読みたかないだろうけど、思い出を書いていこうと思う

ちなみに俺37歳 未婚 
姪っ子(以下メイ) 23歳 

メイは兄夫婦の子供
兄とはだいぶ年が離れていて、11歳差
義姉も兄と同い年

俺が14歳の時に当時25歳の兄夫婦にメイが生まれた

当時、赤ん坊なんかうるさいだけだと思ってたバカ中坊だったが、
メイだけはとんでもなく可愛く思えたのが不思議だった
父は頑固で無口、怒る時には手も同時な人だったが、
初孫となるメイには家族のだれも見たことがないようなデレデレ顔になって気持ち悪かったな

そんな父が自転車に子供用のイスをつけて散歩に行けるようになるのをすごく楽しみにしていた
しかし大問題が
メイが父と俺にだけはなかなかなついてくれなかった
3歳ぐらいまでは父と俺の声が聞こえるだけでおびえて固まる、不意に視界に入ると泣き出す、
抱っこしようとすると号泣して義姉か母に助けを求める有様
そんな時の父のさみしそうな顔は忘れられないが、母曰く俺も父と同じような表情だったらしい
結局、父とメイの自転車散歩は実行されることはなかった

それから義姉の話だと、父と俺以外には老若男女関係なく人懐っこい子供だったらしい
それを聞いて落ち込んだ

ともあれようやくなついてくれて、こっちもアホほど可愛がって遊んでた
で、メイが5歳の時、母とが義姉の母が相次いで病没した
それなりに愁嘆場だったが、メイにはまだよくわかってなかったのかな

その2年後、今度は父が病没
義姉の父はずいぶん以前に亡くなっていたので、メイは7歳にして祖父母を失った

その年の俺は何とか就職が決まって実家を離れていたし、
兄家族も実家から離れていたため相談の結果実家(田舎で小さいながら一軒家だった)は売りに出し、
半年後には更地になっていた
実家が壊される時、兄家族と一緒に見に行ったのだが、
メイの「じいちゃんのオウチ、無くなるね」て言って泣き出したのつられて俺もちょっと泣いた

そしてメイが11歳の時にその事故が起きた
兄家族の乗る車がトラックと衝突し兄は即死、義姉は3日間意識不明のあと亡くなった
メイは奇跡的に打撲だけで済んだ

メイの親族は俺だけになった

当時、25歳の俺は事故の半年前に勤務先が倒産したため無職
多くはないが相続した遺産と貯めていた小金で日本一周なんぞをしていた

兄夫婦の死に絡み、いろいろなゴタゴタがあったが一番の問題はメイのことだった
無職の若造が引き取って育てるなんてことはできるはずもなく、
結局児童養護施設に預けられることになった

その後、父の知人から誘っていただき零細運送会社の運転手の仕事を始めた
幸い、メイのいる施設とはそんなに遠くなかったのでできるだけ毎週会いに行くようにしていた

施設に入ってからのメイは、やはり事故の精神的影響が大きく非常にふさぎがちだったらしい
それなのに俺が会いに行くとすごいうれしそうにしていた
だから少しでも励みなれたらと思ってこまめに会いに行くようにしていた

それが裏目に出るとは思いもしなかった

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先週だけどね
姪っ子が結婚した
誰も読みたかないだろうけど、思い出を書いていこうと思う

ちなみに俺37歳 未婚 
姪っ子(以下メイ) 23歳 

メイは兄夫婦の子供
兄とはだいぶ年が離れていて、11歳差
義姉も兄と同い年

俺が14歳の時に当時25歳の兄夫婦にメイが生まれた

当時、赤ん坊なんかうるさいだけだと思ってたバカ中坊だったが、
メイだけはとんでもなく可愛く思えたのが不思議だった
父は頑固で無口、怒る時には手も同時な人だったが、
初孫となるメイには家族のだれも見たことがないようなデレデレ顔になって気持ち悪かったな

そんな父が自転車に子供用のイスをつけて散歩に行けるようになるのをすごく楽しみにしていた
しかし大問題が
メイが父と俺にだけはなかなかなついてくれなかった
3歳ぐらいまでは父と俺の声が聞こえるだけでおびえて固まる、不意に視界に入ると泣き出す、
抱っこしようとすると号泣して義姉か母に助けを求める有様
そんな時の父のさみしそうな顔は忘れられないが、母曰く俺も父と同じような表情だったらしい
結局、父とメイの自転車散歩は実行されることはなかった

それから義姉の話だと、父と俺以外には老若男女関係なく人懐っこい子供だったらしい
それを聞いて落ち込んだ

ともあれようやくなついてくれて、こっちもアホほど可愛がって遊んでた
で、メイが5歳の時、母とが義姉の母が相次いで病没した
それなりに愁嘆場だったが、メイにはまだよくわかってなかったのかな

その2年後、今度は父が病没
義姉の父はずいぶん以前に亡くなっていたので、メイは7歳にして祖父母を失った

その年の俺は何とか就職が決まって実家を離れていたし、
兄家族も実家から離れていたため相談の結果実家(田舎で小さいながら一軒家だった)は売りに出し、
半年後には更地になっていた
実家が壊される時、兄家族と一緒に見に行ったのだが、
メイの「じいちゃんのオウチ、無くなるね」て言って泣き出したのつられて俺もちょっと泣いた

そしてメイが11歳の時にその事故が起きた
兄家族の乗る車がトラックと衝突し兄は即死、義姉は3日間意識不明のあと亡くなった
メイは奇跡的に打撲だけで済んだ

メイの親族は俺だけになった

当時、25歳の俺は事故の半年前に勤務先が倒産したため無職
多くはないが相続した遺産と貯めていた小金で日本一周なんぞをしていた

兄夫婦の死に絡み、いろいろなゴタゴタがあったが一番の問題はメイのことだった
無職の若造が引き取って育てるなんてことはできるはずもなく、
結局児童養護施設に預けられることになった

その後、父の知人から誘っていただき零細運送会社の運転手の仕事を始めた
幸い、メイのいる施設とはそんなに遠くなかったのでできるだけ毎週会いに行くようにしていた

施設に入ってからのメイは、やはり事故の精神的影響が大きく非常にふさぎがちだったらしい
それなのに俺が会いに行くとすごいうれしそうにしていた
だから少しでも励みなれたらと思ってこまめに会いに行くようにしていた

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