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第二次世界大戦で戦って死んだはずの祖父が帰還した。皆「幽霊じゃないのか!?」→祖父は祖母と再会したんだが、祖母は再婚していて…

アイキャッチ1562

 

これが修羅場と言えるかどうか分からんが俺の祖父と祖母の話をしてみたいと思う。
俺の祖父はT県、祖母はY県のK府で生まれ育った。
祖父は親族から将来を嘱望されて上京してきて鉄道技師として働いていたらしい。
いきつけの食堂で働いていた祖母を見初めて結婚に至ったと聞いている。
ただ今と違って昔は見合い結婚が主流で恋愛結婚って
特に田舎では遊び人のする事みたいに捉えられていたんだって。

だから祖父には既に田舎で決められた許婚が居て、それを裏切る形で祖母と一緒になった。
それ故実家とは絶縁状態になってしまったんだそうだ。
まあ捨てられた許婚の親族としてはとんだ赤っ恥をかかされたという事なんだろう。
今では考えられない話だが。
でも結局、祖父と祖母は親族の反対を振り切って一緒になったわけ。
それから二児をもうけて幸せな夫婦生活を送れるはずだった。
しかし、残念ながらそうはならなかった。
第二次世界大戦が始まってしまったんだ。

祖父は技師だったから最初は戦闘員として徴用されず、
整備要員として国内に留まっていたらしい。
でもいよいよ戦況が危うくなって、
最終的には祖父も戦闘員として徴用される事になってしまった。
派遣先はオーストラリア付近ににあるソロモン諸島という所で、
そこは二次大戦の中でも1、2を争う激戦地だったんだって。
祖父も生きては帰れないと思ったんだろうな。
船が出港する前に祖母に宛てた手紙が今も長男の実家に保管してあるんだが、
俺もそれを読ませてもらった事がある。
まず、御国の為に見事命を捧げてみせるという内容からはじまって、
たぶん生きて帰れないだろうから
息子二人をくれぐれもよろしく頼むという内容が書いてあった。
そして最後に女手一つで二人の子供を育てるのは厳しいだろうから、
君が好いと思う人が見つかったらその人と一緒になって下さいと綴ってあった。
これからの人生の方が長いのだから、私の事に捉われる事のないように、
という内容だったと記憶している。

祖父がソロモン諸島に到着した頃には既にアメリカ軍に占領されていて、
祖父たちは奪還作戦に参加することになっていたらしい。
しかし物資輸送船がことごとく撃沈されてしまって、
完全に孤立無援状態になってしまったんだそうだ。
おかげで周りはバタバタと餓死しはじめるし、
弾薬も尽きかけてジリ貧状態に陥った。
当時その作戦に参加した兵隊の9割が戦死ではなく餓死か疫病死だったんだって。
正に地獄だな。
祖父の部隊も多分に漏れず、何もできないまま全員餓死する寸前になっていたんだそうだ。
部隊長が自決するか、米陣営に突っ込んで総員玉砕か、
どっちが良いか多数決で決めようという事になって、
どうせしぬんなら一人でもアメ公●して死のうって事になったらしい。
夜半にジャングルの中からアメ公の陣営に飛び出していって
残った弾薬すべて使い果たそうという事になったんだって。

で、計画通りに決行したと。
ワ~!っと威勢よく飛び出していったは良いが、向こうだって馬鹿じゃない。
最初から来るの分かってて、出てきたところを集中砲火喰らって文字通り総員玉砕してしまったんだそうだ。
祖父も砲弾に吹っ飛ばされてそのまま気を失ってしまったらしい。
明け方になって気づいたら誰も居なくなっていたんだって。
●んでいると思って放置されたか、大量の砂塵を被っていたから
気づかれなかったかはわからないけど、そこに一人取り残されてしまったらしい。
ただ祖父はその砲撃で右の視力と聴力を失って頭部にも大きな裂傷を負ってしまった。
祖父は瀕死の重症を負いながら、食料を分けてもらっていた原住民のところに逃げ込んで
難を逃れたそうだ。
もともと祖父はインド人みたいに堀が深い顔立ちだから原住民に成りすまして
暫くそこで暮らしていてもばれなかったらしい。
そうこうしてる内に終戦して祖父も祖国に帰れるはずだったんだけど、
小野田上等兵と同じで完全に洗脳されちゃってるから、
米軍に捕まるぐらいなら自決せよが絶対命令だったから、
なかなか投降できなかったんだな。
でも何となく戦闘がなくなったという事は気づいていて、
一年ぐらいしてから原住民を装ってマレーシア行きの貨物船に乗せてもらったんだって。
ところがマレーシアは東南アジアの中でも華僑が多い国だろう?
ますます自分が日本人だと言い出せなくなってしまったらしい。
サモア系のふりして荷下ろしの仕事手伝っている内にすぐ2年3年の月日が経ってしまったんだそうだ。

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第二次世界大戦で戦って死んだはずの祖父が帰還した。皆「幽霊じゃないのか!?」→祖父は祖母と再会したんだが、祖母は再婚していて…

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これが修羅場と言えるかどうか分からんが俺の祖父と祖母の話をしてみたいと思う。
俺の祖父はT県、祖母はY県のK府で生まれ育った。
祖父は親族から将来を嘱望されて上京してきて鉄道技師として働いていたらしい。
いきつけの食堂で働いていた祖母を見初めて結婚に至ったと聞いている。
ただ今と違って昔は見合い結婚が主流で恋愛結婚って
特に田舎では遊び人のする事みたいに捉えられていたんだって。

だから祖父には既に田舎で決められた許婚が居て、それを裏切る形で祖母と一緒になった。
それ故実家とは絶縁状態になってしまったんだそうだ。
まあ捨てられた許婚の親族としてはとんだ赤っ恥をかかされたという事なんだろう。
今では考えられない話だが。
でも結局、祖父と祖母は親族の反対を振り切って一緒になったわけ。
それから二児をもうけて幸せな夫婦生活を送れるはずだった。
しかし、残念ながらそうはならなかった。
第二次世界大戦が始まってしまったんだ。

祖父は技師だったから最初は戦闘員として徴用されず、
整備要員として国内に留まっていたらしい。
でもいよいよ戦況が危うくなって、
最終的には祖父も戦闘員として徴用される事になってしまった。
派遣先はオーストラリア付近ににあるソロモン諸島という所で、
そこは二次大戦の中でも1、2を争う激戦地だったんだって。
祖父も生きては帰れないと思ったんだろうな。
船が出港する前に祖母に宛てた手紙が今も長男の実家に保管してあるんだが、
俺もそれを読ませてもらった事がある。
まず、御国の為に見事命を捧げてみせるという内容からはじまって、
たぶん生きて帰れないだろうから
息子二人をくれぐれもよろしく頼むという内容が書いてあった。
そして最後に女手一つで二人の子供を育てるのは厳しいだろうから、
君が好いと思う人が見つかったらその人と一緒になって下さいと綴ってあった。
これからの人生の方が長いのだから、私の事に捉われる事のないように、
という内容だったと記憶している。

祖父がソロモン諸島に到着した頃には既にアメリカ軍に占領されていて、
祖父たちは奪還作戦に参加することになっていたらしい。
しかし物資輸送船がことごとく撃沈されてしまって、
完全に孤立無援状態になってしまったんだそうだ。
おかげで周りはバタバタと餓死しはじめるし、
弾薬も尽きかけてジリ貧状態に陥った。
当時その作戦に参加した兵隊の9割が戦死ではなく餓死か疫病死だったんだって。
正に地獄だな。
祖父の部隊も多分に漏れず、何もできないまま全員餓死する寸前になっていたんだそうだ。
部隊長が自決するか、米陣営に突っ込んで総員玉砕か、
どっちが良いか多数決で決めようという事になって、
どうせしぬんなら一人でもアメ公●して死のうって事になったらしい。
夜半にジャングルの中からアメ公の陣営に飛び出していって
残った弾薬すべて使い果たそうという事になったんだって。

で、計画通りに決行したと。
ワ~!っと威勢よく飛び出していったは良いが、向こうだって馬鹿じゃない。
最初から来るの分かってて、出てきたところを集中砲火喰らって文字通り総員玉砕してしまったんだそうだ。
祖父も砲弾に吹っ飛ばされてそのまま気を失ってしまったらしい。
明け方になって気づいたら誰も居なくなっていたんだって。
●んでいると思って放置されたか、大量の砂塵を被っていたから
気づかれなかったかはわからないけど、そこに一人取り残されてしまったらしい。
ただ祖父はその砲撃で右の視力と聴力を失って頭部にも大きな裂傷を負ってしまった。
祖父は瀕死の重症を負いながら、食料を分けてもらっていた原住民のところに逃げ込んで
難を逃れたそうだ。
もともと祖父はインド人みたいに堀が深い顔立ちだから原住民に成りすまして
暫くそこで暮らしていてもばれなかったらしい。
そうこうしてる内に終戦して祖父も祖国に帰れるはずだったんだけど、
小野田上等兵と同じで完全に洗脳されちゃってるから、
米軍に捕まるぐらいなら自決せよが絶対命令だったから、
なかなか投降できなかったんだな。
でも何となく戦闘がなくなったという事は気づいていて、
一年ぐらいしてから原住民を装ってマレーシア行きの貨物船に乗せてもらったんだって。
ところがマレーシアは東南アジアの中でも華僑が多い国だろう?
ますます自分が日本人だと言い出せなくなってしまったらしい。
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